「パイレーツ・ロック」

気付けば最近時事ネタばかりなので、たまには趣向を変えて映画評論でも。

Amazonのレビューを見ると、ラブコメスイーツと思われる人々がかなり低評価を付けていて、確かに、「ラブ・アクチュアリー」というより「セックス・アクチュアリー」に近い本作の内容は一部の人には不快だろうし、60年代的な女性軽視の傾向も所々にうかがえる。
一方で、いままで隠れカーティスファンだった男達がここぞとばかりに高評価を付けていて、結果的に評価が二分している。

サイモンのエピソードがグダグダだったり、マークとギャビンのキャラが微妙に被ってたりと、既存のカーティス作品と比較するにやや劣る部分もあるが、個人的には「まだ弾かれていない曲が、まだ歌われていない唄が存在する」というカウントの台詞の後、エンドクレジットでいままでの数々のロックの名盤のジャケットが表示されたところが、なんだかスゴく感動的だった。文字に起こすといかにも陳腐だが、この感動は多分、広義のロックが任意の閉塞感に対するアンチテーゼとしてここ50年間機能してきたという奇跡に対する感動なのだと思う。
この奇跡に何かしらの合理性を要求するのであれば、以下のロジックがそれに当たるだろう。「若者は常に正しい。なぜなら、明日になれば老人は皆死んでしまうけれど、若者はまだ生きているから。」