「ロング・グッドバイ」

英米現代文学はなるべく英語で読むようにしているのだけど、本作は長いし、なによりも訳が村上春樹なので翻訳版で読んだ。

読んでて引用したくなった部分はたくさんあったが、鉛筆で傍線を引きながらミステリを読むわけにもいかないので、35節の初めの部分のみ。

私の別の部分は、こんなところからさっさと立ち去り、二度と戻ってこない方がいいと囁いていた。しかしその部分から聞こえてくる声に、私が耳を傾けることはまずない。もしそんな声に耳を傾けていたなら、私は生まれた町のそのまま留まり、金物店に勤め、店主の娘と結婚し、五人の子持ちになり、日曜日の朝には子どもたちに新聞の漫画ページを読んでやっていたはずだ。(中略)そういう人生はお断りだ。私はうす汚くよこしまな大都市に生きる方を選ぶ。
ロング・グッドバイ

もうひとつ、村上春樹のあとがきも素晴らしい。中でもチャンドラーの描写は実に興味深く、単にチャンドラー評というのではなく、多くの人について、多くのことを物語っている気がする。

チャンドラーは頭の回転が速く、ユーモアのセンスもあり、本人がそうなろうと思えばきわめて魅力的な人間にもなれた。(中略)しかし、チャンドラーは多くの場合、神経質で気むずかしく、人との交際を避けた。プライドが高く、ちょっとした感情や言葉のすれ違いで傷つくことも多かった。そしてそういう人が往々にしてそうであるように、よく喧嘩腰になり、まわりの人を傷つけた。弁が立つだけに、刃物の切っ先も鋭い。特に酒が入っているときにその傾向が強くなった。あるときには酒に深く溺れ、あるときには酒をきっぱりと断った。妻を深く慈しみながらも、あるときには女遊びにのめり込んだ。直接会ったことがないからはっきりしたことはもちろん言えないのだが、個人的につきあうにはいささかむずかしい人だったかもしれない。