なぜXはかくもカンニングを嫌悪するのか?

これについて僕は二度読み違えている。
一度目は、

カンニング問題について。
http://d.hatena.ne.jp/noarke/20100903/1283512943

で、大学の定期試験でカンニングした学生を擁護したら、軽い炎上状態に陥った。
二度目は前回の記事

すき家と京大
http://d.hatena.ne.jp/noarke/20110228/1298877402

で、上の記事で僕は、「行くぜCIA」のカンニング問題はもみ消されるだろうと予想し、文科省に厳しい対応を求めている。今となっては馬鹿みたいだ。
でも長期的には僕は正常なので、異常なのはXの方であり、その異常さは説明を要する。

  • X = マスメディア

マスメディアの支持層は「若者」と「インターネット」が大嫌いなのであって、必ずしもカンニングを嫌悪しているわけではない。ただ、「インターネット」を用いて「犯罪」をする「若者」は希少なので、ニュースバリューは高い。

  • X = 日本人

これも別に諸外国に比べて特別に嫌悪する理由は無いように見える。あえて言うならば日本企業にはびこる減点主義の影響で、軽犯罪者と重罪人との区別が分からなくなっているのかもしれない。

日本人が存在しないということ以上に、はてな民は存在しないのだけれど、学歴社会でそこそこの成功を収めてきた人々がカンニングを嫌悪するというのは納得できる。特に日本の学歴社会は卒業よりも入学をはるかに重んじるので、彼らにしてみれば、大学入試の正統性を脅かす要因はなんとしてでも排除しなければならない。

Xの規範意識が誰かの人権を著しく損なうものであるとき、Xの法にはそれを正す責任がある。法がその責任を全うしないとき、「正常」な人々はXから逃げ出すしかない。