「資本主義を資本家から守る」

例えば、今のロシアや日本、スペインの政治経済的現状を眺めれば、一見自己矛盾のように見える本書のタイトルの意味するところは明確であろう。
詳しくは本文中では以下のように説明されている。

私たちは、資本主義、より正確には、今日、自由企業体制と呼ばれるシステムが、その理想的な形態においては、資源と報酬を配分する最良の仕組みであると考えている。しかし多くの国で経験されている資本主義の形態は、その理想型から遠く隔たっている。それらは資本主義の腐敗した形態であり、既得権を持つものが競争の自然で健全な役割を妨害している。たとえば、労働者を抑圧するとか、私的独占を生み出すとか、金持ちがいっそう金持ちになる仕組みに過ぎないとか、資本主義に対する批判は数多いが、それらは真の自由企業体制に関する批判であるというよりも、腐敗した非競争的システムに対する批判なのである。
「セイヴィング・キャピタリズム」 (以下引用は同書より)

資本主義システムをこうした腐敗から守るための手段として、以下の四つの提案をしている。
1,生産的資産の支配権を、その資産を有効に使用できる多数の者に分散すること。
第一に既得権を作らないようにすることが重要である。そのためには、資産が少数者の手に集中しないことが重要であり、例えば、独占禁止法の強化によって、これは実現できる。一方で、一定の資産格差はシステムの維持のために必要であり、資産を持つ者はそれを有効に運用できる者が持つことが望ましい。ここで、資産運用の有効さとは、文化への支援や弱者の保護などよりも、純粋に資産を増やすことを尺度とすべきであり、その意味で資産の運用者は、教養ある御曹司よりもアニマルスピリットにあふれたアントレプレナーの方が良い。したがって、資産税や相続税増税が有効な政策となる。

2,セーフィティネットの導入
競争は必然的に敗者を生み出すゆえに、セーフティネットの導入は不可欠である。この意味では、セーフティネットは企業経由で特定の人間に与えられるべきではなく、全ての人を無条件に保証すべきで、新しい技術の習得や再教育も支援すべきである。

3,市場システムに反対するインセンティブを削ぐこと。
国際的な開放経済に対して門戸を閉ざすことは、各既得権者の利益に反するので、国際競争が存在する限り既得権者は開放経済へのインセンティブを持ち、このとき彼らの政治的影響力は小さくなる。

4,市場のメリットを人々に理解させること
今日、既得権者は反市場政策を通じて困窮者の支持を得ているが、困窮者が正しい経済学的知識を持つことでこの状況は打開できる。


規範的には上の論点は正しい。ただ、実証的妥当性があるとは思えない。
特に4番目の提案は絶望的で、ナイーブすぎるように見える。

私たちの目的は、市場が円滑に機能するためには正負による介入が必要であるとしても、その介入の性質は人々の利益に反し、少数者を優遇する方向に向いていたということを明らかにすることであった。私たちの目的は、多くの人々に経済学者と同じように考えるように仕向けることである。私たちは、たとえば五年以上年限のたった自動車が道路を走行するのを事実上妨げる日本の車検料金が、単純な環境保護策ではなく、むしろ自動車会社に対する姿を変えた補助金であることを人々に理解して欲しいのである。

むしろ、大体の日本人はこのことに気付いているけれど、それによる損失は致命的なものではなく、かつその解決は非常に困難を極める以上、関わるだけ無駄だという形でやり過ごしているというのが実情だろう。啓蒙的手法で持って、資本主義を実現することは不可能である。

ただ、リレーションシップ資本主義が資本主義でないということは、スターリニズム共産主義でないということよりも、幾分か妥当性を持っている。
例えば、本書で述べられているように、財産権の保護は、荘園制度が崩壊し多くの農民が小作農から自営農へと移る過程で自然に導入された制度であり、以来誰もが財産と呼べる何かを持っている社会が実現されたために、民主主義において財産権それ自体が脅かされたことはない。
同様に考えれば、フリーエージェント社会が達成されて行くに従い、セーフティネットは自然に実現されて行くのではないだろうか。あるいは人々が年金制度に見切りをつけ、自らで資産を運用するようになれば、金融市場の自由化が達成され、資産配分が是正されるように思える。
もちろん、既得権者はそれを妨げるインセンティブを持つわけで、こうした移行も容易ではない。